憂鬱メロン

音楽とサッカーが好きです。備忘録。

就職活動の憂鬱

就職活動がキツい…

 

何がキツいって、ESの「学生時代に一番打ち込んだこと」、この項目を埋めるのがキツい…

 

これは、高校時代は部活など、何らかのものに入れ込んでいたのに、大学生になってやることがなくなった人あるあるかもしれないけれど(所謂燃え尽き症候群というやつか)、書くことが本当に思い浮かばない。

 

私は、大学生になってから、サークルにはよく顔を出しているし、アルバイトもした、評定も悪くない、そして留学までしたけれど、高校時代の一生懸命さと今の自分の頑張りを比べると、どうしても今の頑張りが、貼り付けの偽物のように感じてしまう。

当時ほど打ち込めることがなく、何でも「それなり」の努力でクリアできてしまう。勉強も人間関係もなんとな〜く済ましてしまって、その場をやり過ごすのには何の問題もないけれど、後になって振り返ってみると、あの期間の自分は何をやっていたのかと呪いたくなるほど、自分の中に残っているものが少ない、あるいはまったく無い。

一応、ポイント毎に頑張っている(つもりでいる)のに、打ち込んだことに対する判断基準が高校時代のそれになっているからか、自信を持つことが、なかなかどうして難しい。

自分は、一つの事柄に集中することに関しては、それなりに自信を持っているけれど、そもそも、あまり器用では無いので、大学という開かれていて、何をしてもいいという環境にあまり馴染めなかったというのはあるかもしれない。

 

また、環境に期待しすぎていたというのもあるかもしれない。

「大学に行けば、薔薇色のキャンパスライフを送ることができる」、「イギリスに留学すれば、英語が話せるようになる」といったように、結果は、ある程度環境に付随するものだと思っていたけれど、実際は自分で行動しなければ、友達は100人できないし、バイリンガルマルチリンガルにもなれないと、去年やっと実感した気がする。

結果は行動についてくるという、当たり前のことに気づけただけでもよかったと考えるべきなのか?とも思うけれど、それにしてはあまりにも高い勉強代だったなー、と今になって思うのであった。

 

 


まともがわからない

Goose houseを聴く人間とは仲良くなれそうにない

内容はタイトルの通りです。

 

年始のゴタゴタやら試験対策やらで、何かすべてがどうでもよくなり、頭を空っぽにしてGOING STEADY銀河鉄道の夜Youtubeで聴いていたんですが、関連動画で表題のグループのサムネイルが目に留まり、再生回数の多さを見て、見てみることにしました。

 


銀河鉄道の夜/GOING STEADY(Cover) 

 

鳥肌が立ちましたね。悪い意味で。(カメラ目線…)

 

音楽は好き嫌いが分かれるとは思いますが、これはちょっと受け入れられませんでした。

この曲は、峯田があの曲で、あの声でガチャガチャ歌ったから思春期の若者の胸を打ったわけで、こんなにきれいな、こんなにきちんとしたものじゃ断じてねぇ!!!と思うんですよ。

「青春は甘酸っぱい」の酸っぱさが、泥と一緒に、部活後の男子高校生のユニフォームに染み付いた、酸っぱい匂いから来た説を支持する私としましては、どうしてもこのカバーを受け入れられないのです。そしてそんな、酸いも甘いも一緒くたになったのが青春で、臭っさくて、汚ったない、消し去りたいような過去があるからこそ、青春はキラリと光ると思うんですよ。

 

ところで、この文章を書いていて、高校時代のある友人を思い出しました。彼はとてもピュアで、顔がよくて背が高く、尚且つ友人思いで性格まで◎という、絵に描いたようなイケメンでリア充(好きな音楽はファンキーモンキーベイビーズ)だったのですが、私は、同じ穴の狢と言いますか、彼とよりも、口が悪ければ彼女もいない、内面に鬱屈としたエネルギーを充填させたような人間と一緒に過ごすことを好んでいました。

たぶん理由としては、私が彼に共感できなかったことが一番だったと思います。イケメンの悩み話を聞いても、「へぇ〜、すごいな俺にはわかんないや」とか、「お前にも悩みがあるんやな…」ぐらいしか返す言葉がありません。私はイケメンでもなければ、性格も良くないため、彼の立場になって物事を考えることはとても大変なことでした(というか不可能でした)。

 

そして、それと同じように、Goose houseの銀河鉄道の夜にも共感できないのです。6分14秒もリア充のキラキラしたした青春を直視できないのです。

恐らく、Goose houseやファンキーモンキーベイビーズを聴く人たちは、とてもピュアで、(私からすれば)キラキラした青春を過ごしている(過ごした)人なのでしょう。私にはこういった人の考えていることは分かりませんし、逆に言えば、彼らも私の腹の底にある感情を理解することは難しいはずです。

そして、だからこそ、私はこの動画を受け付けないのでしょう。「私たち側」にあると思っていた曲を、「あちら側」の人がカバーしたことで、自分のことを分かったような気になられたのだと感じたのかもしれません。

 

 

そういうわけで、Goose houseを聴く人間とは、本当の意味で分かり合うことができないだろうし、仲良くなれないだろうと思うのです。

 


GOING STEADY 銀河鉄道の夜  ライブ

 

 

 

キミの心の"ブラック・ピーター"

思うところがあったので、今日の午後にNHKEテレで放送された、教育番組の国際コンクールのグランプリ日本賞を獲得した『キミの心の"ブラック・ピーター"』という作品について書きたいと思います。

内容は、NHKのページから引用した、以下の通りです。

黒塗りのメイク、少しおどけた姿でサンタクロースとともに歩くブラック・ピーター。オランダのクリスマスには欠かせない伝統的なキャラクターが、社会を二分する議論となっている。植民地時代から続く人種差別の名残なのか。それとも伝統行事の中の悪意のない慣習なのか。この番組は、オランダ人の心の中に潜んでいる植民地時代からの差別意識をあぶり出そうという試みだ。近くにいる人たちに容赦なくインタビューのマイクを向け、公園では自転車の鍵を壊す黒人に対する人々の振る舞いを撮影する。そして、オランダの人たち全てに問いかける。クリスマスの行列の中にいるブラック・ピーター。それはあなたの心の中にある隠された差別意識ではないのですか?

 

www.nhk.or.jp

 

残念なことに、途中からの視聴となってしまいましたが、「無意識下の差別」に焦点を当てた作品だったのではないでしょうか。内容は非常に示唆に富んでおり、「伝統的」に、また、子供の頃から「当たり前」に行われていた行事が差別に当たるのかどうかを判断する基準が、当事者たちとその外の人たちでは全く異なることが示され、「なんとなく」の感覚で差別をする主体になりうるという危険性が感じられました。

 

非常に興味深い内容だったため、放送後に未視聴部分を補完しようと、Twitterで未視聴部分の内容を調べたところ、『公園に停めてある自転車の鍵を壊して盗む行為主の人種の違いによる周囲の反応の違いを調べる実験』が気にかかりました。

(結果としては、白人は通報されず、黒人は通報されまくるという結果になったようです。)

 

なぜこの実験が気にかかったのかというと、以前動画で見たことのある、似たような実験を思い出したからです。内容は、黒人の男の子と白人の男の子がお金を貸してくださいと頼んできた時の街の人(白人)の反応の違いを明らかにして、人種差別の現実を示そうとするものでした。

(結果は前述の実験と同じようなものでした。)

 

こういった調査では、「差別を受ける黒人」と、「差別をする(悪い)白人(≒私たち)」という構図が成り立つかと思います。

 

しかし、私は、人種差別問題を、「白人vs有色人種」という構図で捉えるのではなく、「被差別者vs差別を生む場」という構図で捉えるべきなのではないかと思います。なぜなら、大きな差別が小さな差別を引き起こしている、というのが私の考えであるからです。

個人の人種差別的な性格に反省を促しても、それらの差別を生む原因となっている差別について追求しないのでは、永遠に差別は無くならないでしょう。

 

たとえば、黒人による犯罪率の高い地域で、上記のような調査が行われていたとします。すると、数として、黒人に対して差別をする人が多く出てくるでしょう。そして、その差別は一部の急進的なレイシストを除いて、不安に端を発していると考えられるのではないでしょうか。もしそうであれば、肌の色は、差別する際の「判断基準」ではあっても、「原因」ではありません。(勿論、この差別が悪くないとは言いませんが。)

この場合の「原因」は、個人間に存在するのではなく、個人ともっと大きなもの(企業や社会など)との間に存在するのではないかと思います。食べていくことができないから盗みをはたらくのであれば、なぜお金を持っていないのかということに着目すべきですし、黒人が職や学を得られにくい境遇にいるのであれば、まずそれを是正するのが差別撤廃のための第一歩だと私は考えています。

 

長々と書きましたが、結局何が言いたいかというと、単純に、映像に出てくるような差別主義の白人disをして、自分の正義感を満足させても世の中は全くよくならないんだということです。

単純化されたものをそのまま受け取ることは簡単ですが、そうならないようにしたい!と思った年末でした。

 

追記:『キミの心の"ブラック・ピーター"』の本筋からは大分ずれてしまいましたが、この作品は、誰もが差別意識を持ち、差別問題の加害者になり得るという、「認めたくはないけれど、認めなければならない事実」を、一方的に示すというよりも、悟らせるような構成で伝えていて、とてもためになるものだったと思います。再放送があったらうれしいのですが、どうだろう…?

久しぶりに、好きな音楽。

留学中に、自分の考えることや感じたことを文字にして残せたらいいな、という備忘録的な目的で始めたブログですが、気づいたら留学生活は終わっていて、初回の投稿から約8ヶ月も経っています。

改めて、自分の継続性の無さを感じるとともに、こんなにも時間のかかる作業を続けているブロガーの皆々様は本当にすごいなあと感じ入っています…

 

さて、そんな私が何故ブログの更新をしようと思ったかということの理由ですが、一つは通っている大学の冬季休暇が近づき、割と暇になってきたからで、もう一つは、新たに好きな音楽グループができ、それを紹介したかったからです。

 

spangle call lilli lineというグループです。

Spangle call Lilli line - Wikipedia

 

好きな曲


SCLL - a portrait

 

このグループの曲は、留学中に辛いことがあった時や、行き詰まった時によく聴いていて、好きになりました。

落ち込んだ時に聴く曲って、ハイスタみたいな「うおー!」ってなるような曲を聴く人と、ムーディだったり、沈む曲を好む人とに分かれると思うんですよね。私はどちらかといえば前者だったわけですが、spangle call lilli lineはこの式に何故か当てはまりませんでした。

ゆったりとした曲調ですが、暗い気分になるわけではなく、外国にいながら、実家のコタツに入っているような気分になれ、落ち着くのです。

 

活動期間もかなり長く、未だアルバム数枚分の知識しかありませんが、これからコツコツと彼らの作品を集めていこうと思っています。

LIVEも行ってみたいのですが、本数が少ない上に、東京開催が多いので、どうにかならないんでしょうかね。

 

 

今回はこれにてお終い!

 

 

型にはまらぬ好奇心を持とう

出典をよく知らないから、その真偽についてはよくは知らないのだけれど、ジャネーの法則というものがあるらしい。

ジャネーの法則 - Wikipedia

 

なんでも、体感時間が年齢に反比例して短くなっていくのだそう。恐ろしい。

 

この原因のひとつに、大人になるにつれて、新鮮な情報が不足していくことが挙げられているのだけれど、確かに、自分の体験に当てはめてみても、昔に体験したことの方がインパクトが強かった気がする。

 

何故、成長するにつれて、人は新鮮な体験から遠ざかってしまいがちになるのだろうか?

 

勿論、子供時代と比べて自由な時間が短くなって(あるいは失われて)しまったということが第一の理由だとは思うのだけれど、個人的には「自分による情報の選別」に大きな理由があると思う。

 

最近は自分でも、自分が好む情報ばかりを仕入れているな、と感じていて、例えば、Twitterなんかでも、自分が好きなバンドや有名人ばかりフォローしていれば、それだけで十分に満足出来る情報を得ることができるし、意見が合わない人の主張は自分の目が届かない場所へと排除することができる。最初は、「この人の意見はいいな。」とか、「この主張は根拠が足りない。」といったようなことを考えていたはずにも関わらず、少し時間が経てば、自分が切り捨てた情報のことなんて忘れてしまって、最終的にはただ、与えられる情報を受容するだけになってしまう気がする。ある意味、期待している情報しか入ってこなくなるのだから、インパクトのあるものが減ってしまうのも必然なのかなと思う。

自分は使ったことがないけれど、他にも、スマートフォンのニュースアプリというものも存在して、これまた自分の好きなジャンルから記事を自動で引っ張ってきてくれる優れものだそう。

 

こういった風に便利になるのは良いことだとは思うけれど、やっぱり美味しいものは身体に悪いのが世の常で、こういった便利な生活に慣れてしまうと、趣味の範疇だけではなく、あらゆる面で自分の視野が狭まってしまいそうで怖い。

 

いつの間にか、自分の「型」みたいなものができていて、その「型」にはまらない人や物は、自分の知らないところで処理されてしまう。この問題の恐ろしいところは、これを自覚していないと、いつの間にか自分の作った型にどんどんはまっていってしまうことだと思う。無意識のうちに自縄自縛状態に陥って、思考停止人間になってしまうのはかなわないし、こんな時代だからこそ、好奇心が芽生えたときは自分自身の頭や体を動かしていったほうがいいのかもなあと思う。

 

今までは手を伸ばしたことがなかったジャンルの音楽も聴いて見たいと思い、聴いた曲。人気があるだけあってかなり聴きやすい。カッケーです。

 

www.youtube.com